大判例

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名古屋地方裁判所 昭和52年(ワ)824号 判決 1979年6月22日

原告

西輝夫

右訴訟代理人

大橋茂美

飯田泰啓

被告

青山満

右訴訟代理人

林光佑

主文

一  被告は原告に対し、金一三七万二、三四五円及びこれに対する昭和五二年四月二一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告に対し、原告が別紙要修補目録記載(1)、(2)、(4)、(5)、(7)、(8)の修補をなすのと引換えに金一九万八、八六〇円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の、その三を被告の負担とする。

五  この判決の一項は、仮に執行することができる。

事実

第一(当事者の申立)

一  原告

1  被告は原告に対し金一八四万六、六三〇円及びこれに対する昭和五二年四月二一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二(当事者の主張、答弁等)

一  原告の請求原因

1  原告は建築請負を業とする商人であるが、昭和五一年四月六日、被告との間において、左の約定により木造建物の建築工事請負契約を締結した。

(一)  工事の目的 木造瓦・スレート葺二階建居宅(別紙建物目録記載の建物―以下本件建物という。)の新築工事

(二)  請負代金 金一、〇一〇万円

但し、図面・電気器具・流し・棚類は右請負代金に含まれないものとし、工事内容に変更を生じた場合は、両者協議のうえ決定する。

(三)  右代金支払方法 工事着手時、建前時、完了時の三回払とする。

(四)  工事着手時期 昭和五一年四月八日

2  原告は、前項の契約に基づき、右昭和五一年四月八日右建築工事に着手したが、その後被告の要求により左のとおり工事の追加・変更がなされ、被告はその都度その追加・変更金の支払を約束した。

(一)  ナシヨナル製洗面器の付設

金 六万二、〇〇〇円

(二)  化粧ケースの付設

金   九、四〇〇円

(三)  洋間天井センタリングの付設

金 二万六、七〇〇円

(四)  洋間(一階)壁板プリント合板変更差金

金   五、〇〇〇円

(五)  下駄箱変更差金

金 一万七、〇〇〇円

(六)  水道蛇口追加付設(二個)

金   四、四〇〇円

(七)  便所(二階)拡幅左官費用

金 一万二、〇〇〇円

(八)  玄関拡幅変更代

金 六万〇、〇〇〇円

(九)  電気工事追完分

金 一万六、八〇〇円

(一〇)  台所フード付設

金 一万九、〇〇〇円

(一一)  境界レンガ付設

金   一、三〇〇円

(一二)  浄化槽拡大変更差金

金 三万〇、〇〇〇円

以上小計

金二六万三、六〇〇円

3  原告は、昭和五一年一〇月二〇日右建築工事(追加円・変更分を含む。)を完成させ、同年一一月二日本件建物を被告に引渡した。

4  また、原告は、同年一一月九日、被告の注文により右新築の本件建物の台所北側に約6.55平方メートル部分の増築を金八万三、〇三〇円で請負い、数日後にこれを完成させて被告に引渡した。

5  かようにして、被告は原告に対し前記1・2項の本件建物の新築工事代金一、〇三六万三、六〇〇円と前項の増築工事代金八万三、〇三〇円、合計金一、〇四四万六、六三〇円の工事請負代金の支払義務のあるところ、そのうち金八六〇万円を左のとおり支払つたのみで、残金一八四万六、六三〇円の支払をしない。

(一)  昭和五一年 四月三〇日

金三〇〇万円

(二)  同年 七月一七日

金一〇〇万円

(三)  同年 八月 六日

金二〇〇万円

(四)  同年 一一月一七日

金 一〇万円

(五)  同年 一二月 七日

金二五〇万円

6  よつて、原告は被告に対し、右工事請負代金残額金一八四万六、六三〇円とこれに対する本訴状送達の翌日たる昭和五二年四月二一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実のうち、(四)の洋間壁板プリント合板変更、(七)の便所拡幅左官の各追加・変更工事の点は否認し、(一)ないし(一二)の各代金額の点はいずれも不知、その余は認める。

3  同3項の事実は認める。但し、後述のとおり修補ないし損害賠償を求める工事の瑕疵がある。

4  同4項の事実は、その金額の点を不知とするほか、その余をすべて認める。

5  同5項の事実のうち、被告が原告主張の(一)ないし(五)のとおり合計金八六〇万円を支払つたことは認めるが、その余は争う。但し、後述のとおり被告は金二万円を支払つた。

6  同6項は争う。

三  被告の抗弁

1  被告は、前記支払金八六〇万円のほかに、昭和五二年一月一〇日金二万円を支払つた。

2  原告の施工した本件建物の新築工事には、その粗雑な工事ゆえに多数の瑕疵があり、被告はその引渡後一年以内である昭和五二年四月二七日付答弁書(同年五月一八日第一回口頭弁論期日陳述)をもつてその修補及び損害賠償の請求をしたが、原告はいまだこれに応じないので、被告は、左記(一)の各瑕疵についてはそれによる被告の損害賠償請求権と原告の報酬(工事請負代金)請求権との相殺を主張し(昭和五三年三月二二日付準備書面をもつて右相殺の意思表示をした。)。左記(二)の各瑕疵については、その修補と右報酬残額の支払との同時履行の抗弁を主張する。

(一)  被告の損害賠償請求権(合計金三六万〇、四二五円)との相殺を主張する瑕疵。

(1) 一階便所(別紙図面表示)の位置が鬼門にあたり、これによる被告の損害額(慰藉料)は金二七万一、三〇〇円である。

わが国における家屋の建築において、便所・風呂が鬼門の位置にあることは習俗的な嫌忌であり、それによる家族の病気発生等の不幸が客観的な因果関係のあるものと認められないとしても、家屋建築の請負人が右のような嫌忌事由を避けることは、当然その請負契約の合意の内容となつているものであるところ、原告は、その手持の磁石の狂いから、本件建物の便所をまさに鬼門にあたる南西方(家屋の中心点から)の方角に設置したものである。そして、被告において、鬼門の方角を避けて右便所を造り直すとすると、その改造費用として少くとも金二七万一三〇〇円を要するから、被告は、これを精神的損害と評価して前記相殺に供する。

(2) 一階洋室(別紙図面表示)の壁板に釘穴が目立ち、その上にニスを塗つている。この損害額、金四万五、七〇〇円。

(3) 一階廊下(右同)に工事中にできた傷と油よごれが目立つ。この損害額、金一万五、四二五円。

(4) 一階和室八畳間のサツシ窓(右同)が金槌で無理矢理に押し込んだもので、その金槌跡が著しい。この損害額、金二万八、〇〇〇円。

(二)  修補の同時履行を求める瑕疵。

(1) 一階和室八畳二間(別紙図面表示、)の畳が不安定で、高低差がある。

(2) 二階東側六畳間(右同)に床・畳の揺れなど。

(3) 二階の通し柱(右同)に欠け傷があり、安易な補修をしたのみ。

(4) 一階玄関に雨漏りがある。

(5) 風呂場の湯槽が洗場の反対側に傾斜している。

(6) 水道管の埋め方が浅く、冬期に凍結する危険性がある。

(7) 水道管を二〇ミリメートルとすべきところ、一四ミリメートルのため給水が不十分である。

(8) 排水設備に悪臭防止装置が施してない。

(9) 一階廊下が「ごとん」と鳴る。

四  右抗弁に対する原告の反論。

1  抗弁1の金二万円支払の事実は認める。

2  抗弁2の冒頭の主張はすべて争う。

原告は、被告が本件建物に抵当権を設定して金融機関から金借して工事代金を支払いたいと言うので、その保存登記手続に協力したところ、被告は、注文者たる被告名義ではなく、その妻青山恵子名義で保存登記をし、しかも被告の要望で補修もしているのに、便所の鬼門等の瑕疵を主張して、残代金の支払をしないものである。

同(一)の(1)ないし(4)の各瑕疵の主張について。

(1)  否認する。本件建物の一階便所について、被告が鬼門にあたると主張する瑕疵は存在しない。右主張は、その理由とする方位自体正確でないばかりでなく、そもそも、本件建物の間取は、右の便所を含め、被告の再三の希望を容れて設計されたものであり、従つて、仮に鬼門にあたるとしても、それは施主たる被告の指図に由来するものであるから、これをもつて被告が本訴請求を拒むのは不当であるのみならず、右便所は本件建物の敷地の形状からしても、現在の位置の方が合理的と判断され、設計・施工上の瑕疵はないというべきである。

(2)  否認する。一階洋間の壁板を釘付けにしたが、釘穴は瑕疵というべきものではなく、またニスを塗つたのは、被告の意向によるものである。

(3)  否認する。一階廊下に散見される傷のほとんどは被告自身の所為によるものである。

(4)  否認する。一階和室八畳のサツシに若干の傷はあるが、被告主張のように無理矢理に押し込んだための金槌跡ではない。<以下、事実省略>

理由

第一原告の請求原因について。<省略>

第二被告の抗弁について。

一<省略>

二1  まず、被告は抗弁2(一)の(1)ないし(4)の四点の瑕疵を挙げてその損害賠償債権との相殺を主張するので、これらが民法六三四条の瑕疵に該当するか否かを順次判断することとする。

(1)の便所の鬼門について。

<証拠>によると、本件建物の方位は別紙図面赤線表示のとおりであつて、本件建物のほぼ中心(同図面表示の赤丸印)を基準とすると、建物の四隅がおおよそ東西南北の方向にあり、この方位によると、一階便所は南西の方向にあつて、家相における「便所吉凶方位」としていわゆる鬼門の方角にあることが認められ、<る>。

しかして、<証拠>によると、わが国の家屋の建築においては、習俗的な嫌忌として右の鬼門の問題があり、現今の住宅の過密化、集合化、或は水洗式便所の普及などによる保健衛生の合理化に伴つてその意識は次第に稀薄になつて来ているものの、なお大工職などの建築関係の業者の中では、住宅の建築に際して必ずこの鬼門を避けることに心掛けている事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。そして、この鬼門の嫌忌は、建物の構造、性状そのものについての欠陥ではなく、あくまでも心理的、精神的なものであるけれども、建物の構造ないし間取の位置に関連してその入居者に不幸、病難が起るかも知れないとの不安、懸念を与え、心理的な圧迫感をもたらすものであることを否定し難く、しかも、前記のように建築関係業者においても家屋建築上この習俗的嫌忌を避止すべきものとして認識されている以上、便所が鬼門の方角にあることは、注文者においてこの嫌忌に格別の関心を有しないなどの特段の事情のない限り、建物建築工事契約における目的物の瑕疵に該当すると解するのが相当である。

ところで、このように便所の鬼門が民法六三四条の瑕疵に該るとしても、その瑕疵は前述のように心理的、精神的なものであるから、その修補に代わる損害も精神的損害(慰藉料)として把握するほかないと解する。そして、<証拠>を総合すると、前記の一階便所は、設計図作成前の最初の段階では、玄関から入つた廊下左側に設ける予定であつたが、その位置が鬼門の方角になるという原告の意見もあつて結局現在位置に変更されたものであり、原告もその鬼門を避けるつもりでいながら手持ちの磁石の狂いなどからその方位を見誤つたものであることが認められ、右事情のもとにおいてこの瑕疵に対する原告の精神上の損害は金二〇万円と定めるのが相当である。<以下、省略>

(深田源次)

建物目録、要修補目録<省略>

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